2020年11月6日 ゲスト・PANTA(頭脳警察)~第2話


【放送内容】

1曲目にお聴き頂いたのは、アルバム「頭脳警察1」より「戦争しか知らない子供たち」。この歌の中に登場する<戦場>は、成田空港建設阻止闘争。いわゆる<三里塚闘争>である。

このアルバムがレコーディングされる前年の1971年8月14日~17日、その三里塚で<日本幻野祭~三里塚で祭れ>が開催される。

1969年にアメリカで開催された野外音楽フェスティバル<ウッドストック>、そして同フェスティバルのドキュメンタリー映画が世界に与えた影響は大きく、日本でもロックフェスティバルという文化が70年代に渡り根付いていた。そのスタイルに惹きつけられた者の中には学生紛争の闘士たちも少なくなかったらしい。1971年に入り、頭脳警察の事務所に三里塚で闘う青年行動隊の有志が出演交渉に日参するようになった。曰く「みんな闘争に明け暮れ、祭りを忘れている。祭りをやりたいんだ」



「祭りをやるなら盆踊りやりなさいよ。ロックコンサートなんて学生の自己満足(Masturbation)じゃない。現地で働いているお百姓さんたちが祭りをしたいんだったら、盆踊りの方がいいんじゃないの?」(PANTA)

しかし青年行動隊の熱心な出演交渉はその後も絶えることなく、遂に頭脳警察は米1袋とカボチャ6個をギャラとして、幻野祭への出演を承諾する。

「ただ一つの救いは、モンペにほっかむりのおばちゃん達(婦人行動隊)が「武田節」やってくれたのがね。『これだよなぁ、これだよ…』と」

「特に武田節を歌ってくれたというのが嬉しくて。歌詞がね。『人は生垣 / 人は城』なんだ。実に<三里塚>なんだ。武田は城を造らなかったから<お館様>と呼ばれていて、それを三里塚のおばちゃん達が選んでくれたのが凄く嬉しくてね」(PANTA)

「丁度70年くらいから学生運動が盛んになって来て、音楽の傾向が変わって来た。60年代までは<ステューデントフェスティバル>とかだった。そこから変わって来ましたよね。もっと、自分たちがどういう事を主張したいのかをステージ上で表すようになってきた」(東郷昌和)


世の中も音楽も、大きく揺れ動いた時代。海外ではボブ・ディラン、ドノヴァン、PPM。ジョーン・バエズ。そこにはベトナム戦争が大きく影響した。映画も「いちご白書」「青春の光と影」を始め、ベトナム戦争を題材とするものが登場する。

頭脳警察が結成された1969年は<変革の年>と思われがちだが、実は<終息の年>だった…とPANTAさんは捉えている。変革の年は1967~8年だった。モンタレー・ポップ・フェスティバルがカリフォルニアで開催され、ママス&パパスやサイモン&ガーファンクル、バーズ等と並びオーティス・レディングやJ・ヘンドリックス&エクスペリエンスがそのステージに上がった。1968年4月4日にキング牧師が凶弾に倒れ、1969年のウッドストックにはもはやオーティス・レディングの姿はなく、花と平和の祭典は既に過去のものとなっていた。安田講堂も69年2月に陥落している。同年の映画「イージー・ライダー」はアウトローの主人公たちの死を持って結末を迎える。

余りにも激しく揺れ動いた数年間。当時高校生だったMCふたりも学園紛争を間近に見ている。グループサウンズにしても社会現象となりその後長きにわたる影響力を持ちながら、実質の活動期は2~3年程だった。ビートルズも活動期間自体は10年に満たない。

「いかに濃かったかですね。1日1日が事件でしたから。カンブリア紀ですよ」(PANTA)

「ビートルズをリアルタイムで聴いていたかいなかったか、という時代の違いはありますよね。僕の前、PANTAさんはプレスリーだったけど(第1話参照)、僕はビートルズを知って、プレスリーを知った。♪I don’t believe Elvis~ ですからね(笑)」(東郷昌和)

「バイ・バイ・バーディーの世界ね(笑)」(PANTA)

1950年生まれのPANTA。1952年生まれの東郷昌和。その差2年の間に<激動の時代>が挟まっていた。




1972年に発売される筈だった「頭脳警察1」。このアルバムはプレス前に発売取りやめとなった。

「最初から『こういう歌詞なんだからやめた方がいいですよ』と言ったのに、レコード会社の担当部長が『大丈夫だから。PANTA、大船に乗ったつもりでいてくれ』そこで京都府立体育館と東京体育館でライブレコーディングを行ったんです。そしたら、発売予定の2月に、日本中のブラウン管で浅間山荘事件の鉄球が飛んでいるんです。そんな中でこの内容では発売できないですよね」(PANTA)



急遽スタジオ録音を行い、5月に「頭脳警察2」をリリース。しかし同時期にイスラエルで武装ゲリラによるテロ事件が発生、収録曲「銃を取れ」などが事件と<被る>、また歌詞中<マリファナ>という単語が出てくるという理由で発売直後に自主回収された。

「それで慌てて3枚目をレコーディングするんです。その時はマリファナを<grass>に言い換えたんです。これはOKだった。それでサードアルバムがやっと市場に出た。これで麻丘めぐみと一緒に<ヒット賞>を貰えるんです」(PANTA)





【エピソード】

「日本幻野祭」でPANTAさんの心を揺り動かしたのは<盆踊り>だったが、

「ビートルズが日本に来た時、<えらやっちゃ、えらやっちゃ>を見て感動して、アルバム「リボルバー」に「Tomorrow Never Knows」という曲が入っているんだけど、あの中の<キャーキャーキャー>って、あれ盆踊りなんだよね。だから盆踊りはロックなんですよ」(東郷昌和)

<3億円事件>のモンタージュ写真を使用したジャケットで知られるアルバム「頭脳警察1」。プレス前に発売中止になったはずのアルバムだが、実は1975年の頭脳警察解散時に自主制作盤としてリリースされたものだった。



当時のスタッフが小さく載せた、「自主制作」の予告。実に600通の現金書留の封筒が頭脳警察の事務所に届いた。しかしPANTAさんたちが目にした時には、何故かその600通の封筒は空になっていたという。

「これを出さない事には解散できない。急遽自腹で600枚、自主制作したんです。レコードジャケットと郵送パッケージを作ると二重に経費がかかるので、郵送パッケージをレコードジャケットにして。その時にデザイナーが3億円事件のモンタージュ写真をジャケットに使ったんです」(PANTA)

そのデザインの関係で、ジャケットが通常のアルバムジャケットより少し大きく、30㎝の棚に入らない……これが「本物」の証拠だそう。

「番組をご覧になっている方で、『申し込んだのに届かなかった』という方がいらっしゃったら、(宛先不明などで)返送されてきたものを保管してありますから。ぜひ言っていただければ……」(PANTA)




【使用楽曲】

♪戦争しか知らない子供たち(頭脳警察)作詞・源元 / 作曲・杉田二郎

♪言い訳なんか要らねえよ(頭脳警察)作詞/作曲・PANTAX'S WORLD










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