2021年2月19日 ゲスト・尾藤イサオ~第4話~


【放送内容】

「さすがに、尾藤さん、そこからビートルズにハマりましたか?」(東郷昌和)

「ハマりましたね(笑)」(尾藤イサオ)

エルヴィス派としてはどうもピンとこない<ザ・ビートルズ>との、日本武道館での3日間。彼らのパフォーマンスを至近距離で見続けた尾藤さん、その後のレパートリーに「And I love her」や「Money」などのビートルズナンバーが加わっていく。

「なかなかこういう経験、お金出してもできないですもんね。(ビートルズを)否定していた僕がそうなっちゃうんだからすごい。今でもビートルズの曲を聴くと、例えば『ノルウェイの森』だとか『エリナー・リグビー』だとか、あまり表に出ない曲(にもいい曲)が沢山あるじゃないですか。もう素晴らしいですよね、あの方たちの才能は」(尾藤イサオ)

「そばにいたジョージ・マーティンというプロデューサーのエッセンスがまた凄いんです。プレスリーもそうだけど、スタッフとかが大きいんですよ。ビートルズの日本公演の時も、マネージャーのB・エプスタインがサングラスかけて横に立っていたんだけど、もうかっこいいの。何でスタッフまでかっこいいんだって思いながら観てたけど(笑)」(東郷昌和)


その後尾藤さんを強く惹きつけたのがジョー・コッカー。映画「ウッドストック」をきっかけにジョー・コッカーに傾倒し、渋谷ジァン・ジァンで<尾藤イサオ ジョー・コッカーを歌う>と題した3日間のライブを開催している。番組1曲目でお聴きいただいた「心の友(With A Little Help From My Friends)」、これもオリジナルはザ・ビートルズ。

これと前後して、ビートルズ公演の直後のGSブームの時期に、尾藤さんは後にグループサウンズとしてデビューする《ザ・バロン》とともに活動。また東京12チャンネル(現・テレビ東京)の番組「R&B天国」ではザ・ゴールデン・カップスと共に司会を担当。ちなみにこれには、当番組MCのMamiもメンバーだった《ティーンズ》もレギュラー出演していた。



1970年4月1日、夕方7時のNHKニュース。そこで報じられる<よど号ハイジャック事件>に日本中が固唾を飲んだその裏で、フジテレビはあるアニメーションドラマの第1話をオンエアした。

それが<あしたのジョー>。

番組2曲目は、尾藤さんが歌う「あしたのジョー」のテーマ曲をお聴きいただいた。言うまでもなく尾藤さんの<代表曲>といわれる1曲である。

「フジテレビのプロデューサーが何十%取るんだ!って豪語していたのが、その事件で視聴者がみんなNHKニュースに行っちゃってあまり視聴率が取れなかったそうなんです」(尾藤イサオ)

70年代初頭にブームを巻き起こし、今なお多くのファンを持つ作品の意外なスタート秘話をお聞かせいただいたが、この日の尾藤さんが履いていた靴は、コンバースの「あしたのジョー」モデル。番組では尾藤さんの靴底でパンチを繰り出そうとする矢吹丈とノーガードで待ち構える力石徹のイラストをご覧いただいた。




1970年代後半のディスコブーム、サンタ・エスメラルダの「悲しき願い」のヒットを受けて、翌年《尾藤イサオ&ドーン》による同曲カヴァーが発売される。このセルフカヴァーもまた、ロカビリー時代の大ヒットから14年を経てのヒットチューンとなった。



音楽活動と並行して、俳優としても活躍を続ける尾藤さんだが、80年代に入るとミュージカルの舞台での活動が増えてくる。

「曲芸でアメリカへ約1年間行っていて、最後にマイアミのホテル・アメリカーナで演って、フォンティンブローへショーを観にいったのですが、そこでサミー・デイビスJr.が。僕はまだ15~6歳でその名前も知らなかったのですが、拳銃を使うは、タップを踏むは、モノマネを演るは、ドラムを叩くは……。それで僕も、プレスリーの歌だけではなくて。ヴォードヴィルと言いますか、お芝居もやれて歌も歌えて踊れてということを目指していました。すると、いずみたく先生が僕を(プロダクションに)引っ張ってくれて」(尾藤イサオ)

岸洋子のヒット曲をモチーフにしたミュージカル「夜明けのうた」を皮切りに、尾藤さんは数々のミュージカル作品でもその才を発揮し続けた。


最後に。

「僕、確認したかったんですけど、尾藤さんはステージが終わったら打ち上げもパッと切り上げて、必ず毎日、(前日)どんなに疲れていても走っているという噂を聞いたんですが……?」(東郷昌和)

「だって、僕らは具合が悪くなっても『ちょっと歯が痛いから、熱があるから、代わりにアニキ行ってくれよ』とはいかない仕事でしょ?身体をとにかく労わって、大事にしていく。これが一番、歌を覚えるよりセリフを覚えるより大事ですよね?」(尾藤イサオ))




【エピソード】

尾藤さんのバックバンドを経てグループサウンズブームに名乗りをあげたバンド《ザ・バロン》。70年代に入りNHK「ステージ101」に参加ののち解散。ドラムの宗台春男(故人)は元・ブルー・ファイア。スタジオミュージシャンとして活躍しながら、長きに渡り尾藤さんのバックを務めた。同じくブルー・ファイア出身のギタリスト清須邦義はアレンジャー・ディレクターとして松山千春の「季節の中で」他多数の実績を残す。バンド解散後もデュオ《ワカとヒロ》として「101」で人気を博した若子内悦郎(ベース)は別名義(ちのはじめ、他)も含め主題歌・挿入歌他を多く吹き込み、スタジオミュージシャン、ヴォイストレーナーとして活躍。《ワカとヒロ》のヒロこと河内広明(ギター)は独立後、本名の芹澤廣明として作曲・編曲・プロデュースに才を発揮。《チェッカーズ》の育ての親として名高い。



【使用楽曲】

♪心の友(ジョー・コッカー)

♪あしたのジョー(尾藤イサオ)

♪悲しき願い(尾藤イサオ&ドーン)

♪悲しき願い(ジ・アニマルズ)




















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