2021年2月5日 ゲスト・尾藤イサオ~第3話~


【放送内容】

オープニングでお聴きいただいたのは、1965年リリースの「悲しき願い」。世界的にヒットしたジ・アニマルズのヴァージョンをベースに井上忠夫が編曲、ジャッキー吉川とブルーコメッツの演奏に乗せた尾藤さんの熱唱で、日本の大衆に大きなインパクトを与え現在も尾藤さんの代表曲として知られる1曲である。

「僕はもちろんアニマルズのも好きだったんだけど、『俺の負けだ』『誰のせいでもありゃしない』…この歌詞すげぇな!って思いました。通常の会話で使われている言葉の歌詞というか。他の曲はけっこう抒情的な歌詞ですよ。その中で、あれ(「悲しき願い」)はもろ、ストレートですよね?」(東郷昌和)

「今でもそうなんだけど、当時はあの『オイラ』ってのが。『みんなオイラが悪いのか』っていうのがね(笑)」(尾藤イサオ)



2曲目の「ルシール」は、尾藤イサオ・内田裕也のアルバム「ロック、サーフィン、ホット・ロッド」より。同じレコード会社所属だったふたりがブルージーンズ、そしてジャッキー吉川とブルーコメッツをバックにツインヴォーカルで聴かせる同盤が尾藤さんのファーストアルバムとなった。


このふたりが明けて1966年、あの武道館の舞台に立つ。


ザ・ビートルズ来日公演。

1966年6月30日~7月2日、3日間5回のステージ。

これまでの名曲アワーのゲスト諸氏は、多くがこのステージを客席で観て、後にプロのミュージシャンになった方々だったが、尾藤さんは既にプロ歌手として活躍中の立場でこの時の武道館の舞台の上にいた。

前々回および前回の放送で、音楽の世界に足を踏み入れたきっかけ、そしてモデルにし続けていたのはエルヴィス・プレスリーであると語った尾藤さんは、当初ザ・ビートルズに対しどのような印象を持っていたのだろうか。

「僕は(ビートルズを)知らなかったんだけど、歌手仲間が『何だか凄いグループが出て来た』と言い始めて、え?と言っているうちにニュースなどで(ビートルズの話を)やり始めて。それで(ビートルズを)見たら、髪はマッシュルームカット、服も……。僕らの頃はロカビリーで服もジーンズなど<不良>のスタイルだから、何だか彼らはお坊ちゃんに見えたんです」(尾藤イサオ)

「イギリス紳士ですからね」(東郷昌和)

「何かあまりピンとこないというのが僕の感覚。『俺はロックンローラー、エルヴィス派だ』という意識でしたから、ビートルズは認めない部分があったんですよね」(尾藤イサオ)


そして<ザ・ビートルズ>が日本の地に足を下ろす時が来る。

会場となった日本武道館は、安全面の配慮からアリーナには座席を設けず、ステージと客席の間には通常のコンサート以上に広く距離が取られる。日本に到着した<ザ・ビートルズ>はあたかも英国女王を迎えるかのような「国賓扱い」の超VIP待遇。宿泊先のヒルトンホテルは大勢のファンが取り囲む。

「ワタシも行きました、ヒルトンホテル(笑)。姉と一緒に。下から皆で窓見上げて」(東郷昌和)


ヒルトンホテルにまで行った東郷さん、今回どうしても訊きたかったことがある。それは、あの武道館公演で果たして尾藤さんはザ・ビートルズのメンバーに接触できたのかどうか。

「エルヴィス派だ、なんて言いながらも、やっぱり日本のアーティストから彼らに、何か記念になるものを……と裕也さんと相談して、行きつけだった銀座のJUNにプレゼント(ストライプのYシャツ)を買いに行って。そして彼らのローディーに尋ねたら『Oh,come on! Come on!』と。僕らの楽屋は1Fだったんですが、ビートルズの楽屋はステージの裏から3Fに上がった所にあって。ローディーが『いいよ、プレゼント渡してくれ』と言って。そこでステージ裏へ抜け階段で1F…2F…3Fと上がって、あと5メートル先、ドアの向こうにビートルズがいるんですけれど。そしたら……」(尾藤イサオ)

階下から「コラ~ァァッ!!」と怒鳴り声。それは主催のキョードーの担当マネージャーだった。「おい、何やってんだ!」と続く怒号に「いや、プレゼントを渡そうと……」「ふざけんなぁぁっっ!!」怒号の主は猛然と駆け上がって来た。

「絶対に事故などがあってはまずいから、日本のタレントなどと一緒になんてさせてくれないんですよ。『いや、だからこのプレゼントを渡そうと思って……』『勝手なマネを!やめるんだその男!!』連れて行ってくれたローディーも、そのマネージャーと言い合って。でも裕也さんとプレゼントを渡そうと思ったら、今度は裕也さんがそのマネージャーと掴み合いになって。結局プレゼントはローディーに託して、後ものの3~4メートルでビートルズの部屋なのに、結局会えなかったの(苦笑)」(尾藤イサオ)


至近距離での接触こそかなわなかったが、この3日間・5回公演中に尾藤さんたち出演者は1回のみ客席ご招待があったという。

「ビートルズが(世に)出て来た時は『な~にが、マッシュルームカットの坊々が』なんて思ったけれど、でもステージはかっこいいの。僕ら前座が出た後に、お客さんはやはりビートルズが観たいから、ローディーが出てくると『うゎわぁ~っ!』。ローディーがセッティング終わって、照明が変わるとお客さんももう『うぅ~っ』、ちょっと(人が)出てくると『うゎわぁ~っ!』。で、観たら司会のE・H・エリックさん(笑)。そしてエリックさんが下がるとまた舞台袖から(ビートルズが)出てくるんですけれども、客席を意識するわけでなく、チューニングを始めるんです。チューニングしながらフッと手を上げると客席が『うぅゎわぁ~っ!』。で、チューニングした後に前へ(ドラムスのリンゴ・スター以外の3人が)出てきて……『ジャストレッミーヒアサムオブザッ、ロックンロールミュージック!』。も~う、ね……(笑)」 (尾藤イサオ)

「さすがに、尾藤さん、そこからビートルズにハマりましたか?」(東郷昌和)

「ハマりましたね(笑)」(尾藤イサオ)


【エピソード】

レコード会社がビートルズと同系列だったこともあり、前述の通り客席でビートルズの演奏を楽しんだ尾藤さんだが、実は更なるプレミアム席にも座っていたという。

「(オープニングアクトの出演者は)終わったら一緒に楽屋へ帰らなきゃいけないんですよ。でも僕と裕也さんはズルしまして……」(尾藤イサオ)

舞台からほんの数メートル、ほぼ真正面のアリーナに置かれたパイプ椅子にふんぞり返って悠然とビートルズの演奏を堪能する尾藤イサオと内田裕也。番組では、ビートルズの背後上部から撮影された貴重な画像を紹介した。

「ビートルズのメンバーも(アリーナのふたりを見て)あ、また居るなって顔していましたね。ジョージ・ハリスンなんかは手を振ってくれたりね」(尾藤イサオ)

ザ・ビートルズの来日公演はオープニングアクトも尾藤さんを始め多彩な顔触れだった。番組では当時のパンフレットの画像を紹介したが、このうち桜井五郎&ブルージーンズの担当マネージャーは渡辺プロの新入社員だった。入社直後にこの大仕事を経験したマネージャー氏、その後ザ・タイガースを育て上げ、キャロルやGAROのブレイクにも関与した故・中井國二さんである。



【使用楽曲】

悲しき願い(尾藤イサオ・ジャッキー吉川とブルー・コメッツ)

ルシール(尾藤イサオ&内田裕也+ジャッキー吉川とブルー・コメッツ)

♪ウェルカム・ビートルズ(ジャッキー吉川とブルー・コメッツ)
















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