2020年6月5日 ゲスト・鈴木康博(元オフコース)~前編~


【放送内容】

*ラジオから流れるFENの音楽番組。「団塊の世代」の多くがそうであるように、鈴木康博も〈音楽の入り口〉はFENで聴くアメリカン・ポップスだった。歌謡曲とは違う英語の歌のカッコよさに、当時中学生の鈴木さんは惹かれたと語る。

*自らギターを奏でるようになったのは高校1年。インストゥルメンタルから入り、その後同級生の小田和正たちとグループで活動し始める。

「ギター4台並べてね(笑)。ブラザーズ・フォーを演ってました」(鈴木康博)

*4人でスタートしたユニットはその後3人組の「ジ・オフコース」としてデビュー、翌年に鈴木・小田のデュオとなる。この頃に《BUZZ》が「ケンとメリー」でブレイク。ハイトーンの歌声が持ち味のフォークデュオ同士、《BUZZ》と《オフコース》は以降ライバルとして、また友人として関わり続けていく。



*ギターデュオだった《オフコース》、70年代前半は《BUZZ》のコンサートへのゲスト出演も多かった。ある時突然小田和正がピアノに転向する。

「ヤスさんが『どうして急にピアノやるんだ?』って訊いたら、『オレがピアノやらないとBUZZに勝てない!』って」(東郷昌和)

「BUZZの方が、ピアノがあった分サウンドが広いんですよ。だからギターだけじゃBUZZには敵わないって。もっと言っちゃえば『マサカズくらいでいいのなら、オレでもできるだろ』と小田が言い始めて……(笑)」(鈴木康博)


*70年代後半に入り、オフコースはリズム隊を中心としたメンバーが3人加わりバンド形態に。《チューリップ》《甲斐バンド》らがヒットを放つ中、デュオの限界を感じての方向転換だった。

*「さよなら」の大ヒットを経てスターダムに登りつめたオフコース。1982年に鈴木さんはオフコースを脱退する。バンドの「小田色」が強くなり、メンバーが曲を持ち寄っても、選考を経て「小田的な」曲ばかりが残る。土俵を変えないことには自分の居場所はなくなる。そう感じた鈴木さんの、高校時代のグループ結成から十数年を経ての決断だった。(後編へ続く)


【エピソード】

*70年代前半のオフコースは、オリジナルの他にも外国曲のカバーなどもコンサートで披露している。番組では「WHAT'S GOIN' ON」(オリジナル・マーヴィン・ゲイ)をお聴きいただいた。

「ヒット曲がないんでね。(観客の)皆さんに親しんでもらおうと思ってカバー曲もやって」(鈴木康博)

「アメリカン・ポップスメドレーとかグラミー賞メドレーとか演ってたもんね」(東郷昌和)



*デュオ時代のオフコースは、CM曲やスタジオ・コーラスなども多く手掛けている。

「BUZZと競争するようにね、コーラスもCMも…」(鈴木康博)

「BUZZもオフコースも、CMが多かったんですよ。ステージで一緒になるとよく話し合ったのは、あのCMやった、これやった、どっちが先にやったかを言い合うんだよね(笑)。そのくらいCMが多かった。昔は今と違って、タイアップではなくて「CMソング」があったんで。CMであの有名(CM)曲を歌えるのが嬉しかったという時代があったので」(東郷昌和)

*番組で紹介した加山雄三の「泣くがいい」のコーラスは、オフコースがたまたま東芝EMIの廊下にいたところをディレクターの新田和長氏に声を掛けられ、急遽コーラスでレコーディングに参加することになったのだという。鈴木さんはほとんど憶えていないそうだが……。


【使用楽曲】

♪ロンド(オフコース・鈴木康博作詞・作曲)1977年

♪WHAT'S GOIN' ON(オフコース)※ライブ・1974年

♪泣くがいい(加山雄三)1976年 ※バックコーラス:オフコース








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