2019年10月4日 ゲスト・山田パンダ(シュリークス、かぐや姫他)~前編~


【放送内容】

*福岡で浪人生活を送る19歳の時、ビートルズの映画「A Hard Day's Night(ア・ハード・デイズ・ナイト)」に出会う。それまで聴いていたリッキー・ネルソンやヘレン・シャピロとは一線を画す《ビートルズ》に夢中になり、1週間映画館に通い詰める。

*明治大学入学のため上京後、たまたま足を踏み入れた新宿アシベで、<グループサウンズ>に出会う。

「ステージが高くてさ、上のほうですっげぇ演奏やってるのよ。『あ、ビートルズじゃん!』ってその時思ったわけ」(山田パンダ)

スパイダース、ワイルドワンズ、タイガース、ブルーコメッツ、ヴィレッジシンガーズ……。後年同窓会コンサートで三原綱木・植田芳暁・加橋かつみと共演した際は、学生時代に観たGSの話で盛り上がった。あの時ステージの下から眺め上げていた加橋かつみが、今は自分の真横でギターを弾いている。すぐそばで植田芳暁がドラムを叩きながら歌っている。パンダさんは嬉しくて嬉しくて堪らなかった、と語る。

「僕らにとってGS世代の人たちって、憧れなんですよね。『あ、テレビで観た人たちだ』って」(東郷昌和)



*GSに憧れながらも、「堅い仕事につく」という父との約束。心のそこに燻るものに蓋をして工学部で学業に励みつつ、パンダさんは大学の放送研究会に加わる。

「その『放送研究会』に入ったのが、僕の音楽の火付け役というか、そこから…始まるんですよ」(山田パンダ)

1年生のある日、部室にOBの福留功男氏が現れ、日本テレビ報道部でのバイト希望者を募る。手を上げたのはパンダさんひとり。翌日から日テレ報道部で、徳光和夫氏や小林完吾氏などアナウンサーやスタッフたちのサポートの仕事が始まった。そして外報部を訪れた時に、やはりアルバイトの早大生・神部和夫と出会う。

「そこに神部ちゃんがいなかったら、今俺ここにいないから」(山田パンダ)

*すっかり意気投合したふたり。ある日パンダさんは神部氏から早稲田大学のフォークソング・クラブへの誘いを受ける。部室に向かう車の中で、神部氏は自身のフォークグループ・フォーシュリークを解散したことと、パンダさんが新しいグループ《シュリークス》のメンバーであることを告げる……。


【エピソード】

*1968年の《シュリークス》デビュー時、ステージ衣裳にしたTシャツにはジャイアントパンダの絵。コンサートでは客席の女子たちから「パンダちゃーん!」と声が飛ぶ。これがそのまま、後の芸名になった。日本に初めてジャイアントパンダがやって来たのは、その4年後、1972年だった。

*《シュリークス》のメンバーになるために、早大フォークソング・クラブに外部入部したパンダさん。もう一人外部入部の女子大生がいた。その名を<保坂としえ>、のちに神部夫人となる《イルカ》である。

*「風の街」は1975年、かぐや姫解散後最初にソロでリリースした曲。本人も出演、西城秀樹や常田富士男らと共演したTVドラマ「あこがれ共同隊」(TBS)の主題歌。

*「あこがれ共同隊」で共演した西城秀樹とともに、2014年より「同窓会コンサート」のステージメンバーとなる。

当時リハビリと並行して出演していた西城秀樹との楽屋トークを、「ヒデキの部屋」と称してコンサートの中のトークコーナーにする。

「どんどん快方に向かっていると僕は思っていた。だけど2018年に……」

「エンディングは全員でヒデキのYMCAを踊る。客席の隅々まで。よく見ると3階席の一番後ろの人まで。(観客は)ヒデキからも元気をもらったろうし、みんなもヒデキにね……」(山田パンダ)

「客席を見ると、みんな笑顔なんですよ。あれは良かったね」(東郷昌和)




【使用楽曲】

風の街(山田パンダ)


〈資料他協力〉山田パンダカンパニー、島敏光












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