2019年12月6日 ゲスト・高橋信之(音楽プロデューサー、元ザ・フィンガース)~前編~


【放送内容】

*15歳の時に同級生とバンド結成、のちに慶応大学在学時に《ザ・フィンガーズ》でフジTVの「勝ち抜きエレキ合戦」のグランド・チャンピオン大会優勝を経てデビュー。

解散後はロックミュージカル「ヘアー」日本公演にスタッフとして参加ののち、CM音楽を中心に作・編曲家として《BUZZ》の「ケンとメリー」他多数の作品をヒットさせる。

*《ザ・フィンガーズ》は伝説のギタリスト・成毛茂を擁するインストゥルメンタルバンドだったが、時代の流れからヴォーカル入りのグループサウンズに。日劇ウエスタンカーニバルにも出演。



「ノブさんがいなかったらこの業界にいなかった人、いっぱいいますよ」(東郷昌和)

CM曲制作の世界に入り、従来、「スタジオミュージシャンのオジサン達」が譜面を見ながらレコーディングしていたCM音楽の世界の中でいかに自分の色を出すか考えた。周りを見回すと、弟の幸宏を始め、昌和・高中正義・小原礼・鈴木茂・林立夫…と才能溢れる若きプレイヤーがチャンスを待っている。彼らを積極的に採用しての音楽づくりが、高橋信之が起こした<革命>だった。

*BUZZの一連のアルバムをプロデュース、また大半の曲を作曲している。

*作曲家としての活動を始めた時、あるレコード会社に自作曲を売り込みに行くと、「こんな曲(ロック)を持ってくるのは、歌謡曲を書いて売れてからにしてください」とけんもほろろに突っぱねられた。日本のロックのアルバムで初めて「売れた」のは、サディスティック・ミカ・バンドの「黒船」(1974)だった。バンドメンバーにはかつて育てた幸宏・小原・高中が加わり、林立夫もこのアルバムに詞を提供している。



【エピソード】

*ナビゲーター・東郷昌和とは60年以上に渡る付き合い。昌和さんの兄と信之さん、昌和さんと信之さんの弟・幸宏氏、また妹同士がそれぞれ小学校の同級生だった。

*「勝ち抜きエレキ合戦」での優勝のご褒美は、銀座・日航ホテルのステージへの出演。そこに毎週観に来ていた熱心なファンの女子中学生が、〈ユーミン〉こと荒井(現・松任谷)由実だった。

*ある日信之さんは、昌和氏に電話をかける。「ファンの女の子がいい曲書くんだ。歌ってみないか?」〈ユーミン〉が持ち込んだ「マホガニーの部屋」。当時慶応大の企画団体「風林火山」で信之さんと共にその中枢にいた景山民夫(当時よりベース奏者、グラフィックデザイナー他あらゆるジャンルに手腕を振るう才人であった)がTV「ヤング720」の放送作家でもあったことから、「マホガニーの部屋」は[ヴォーカル]東郷昌和、[ピアノ]荒井由実、[ドラム]高橋幸宏のメンバーの演奏で電波に乗る。その縁で、のちにBUZZの「ケンとメリー」のレコーディングピアニストを〈ユーミン〉が務めることになった。

*「マホガニーの部屋」は後年、荒井由実が新たに作曲し「翳りゆく部屋」として発売された。

*昌和氏を始めメジャーデビュー前のプレイヤー達をスタジオミュージシャンとして採用しながら、信之さんはそのギャラの10%を密かに貯金し、彼らを世に羽搏かせる準備をしていた。その構想の結実の1つが、2年後に訪れる《BUZZ》のブレイクだった。



【使用楽曲】

♪ケンとメリー(BUZZ)1973年ライブ 作編曲・指揮:高橋信之

♪グロリア(ザ・フィンガーズ)

♪愛の伝説(ザ・フィンガーズ)











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