2020年7月3日 ゲスト・加橋かつみ(元ザ・タイガース)~前編~


【放送内容】

*番組冒頭でご紹介したのは、《ソロシンガー・加橋かつみ》のファーストアルバム「パリ・1969」収録の「雨上がりと僕」。ザ・スパイダースのかまやつひろしが書き下ろしたメロディーに加橋さん自身が詞をつけた曲である。

ふたりの出会いは、加橋さんのアマチュア時代まで遡る。関西で活動していたバンド《ファニーズ》は加橋さんを始めメンバー5名全員がスパイダースのファンクラブ会員だった。

「ファンクラブの集いなんかにも行ったりしてね。そうしたら女の子ばっかりの所に男が5人……みたいな話でね」(加橋かつみ)

本当はスパイダクションに入りたかった加橋さんだが、気がついたらファニーズは渡辺プロから《ザ・タイガース》としてメジャーデビューしていた。所属事務所こそ違っていたが、加橋さんと「大好きなかまやつさん」の関わり合いは、その後も続いていく。


*加橋かつみも、番組ナビゲーター・東郷昌和も好んでカバーし続ける「ノー・ノー・ボーイ」。加橋さんがこの曲を初めて聴いたのは18歳の時、京都会館でのスパイダースのコンサートだった。のちに上京した後は、毎晩のようにかまやつさんと「遊んでいた」という。

*音楽との関わり合いは幼少期に始まる。大阪生まれ・京都育ちの加橋さんは、小学生の頃教会の聖歌隊で活動していた。この経験の、現在のキャリアへの結びつきについては、ご本人はすこし首をかしげる。

「その頃から(本格的な音楽活動まで)はだいぶ時間があるもの。<バンド>が流行ってきたのは、僕らが高校生の頃だからね」(加橋かつみ)

*その高校時代。最初に影響を受けたのはベンチャーズ。加橋さんも「『Walk Don’t Run』が弾ける世代」のひとりである。

*<加橋かつみにまつわるエピソード>の一つとして時折語られる、銘器ギブソン335はいかにしてその手元にやって来たのか。

「当時関西に1台だけ入ってきて、大阪の心斎橋の日本楽器にあったの。ガラスケースの中に1本だけ、赤の335が入っている。みんな『ひえぇ~っっ……』って、見るだけで……」(加橋かつみ)

みんなの憧れ・ギブソン335。加橋さんはこの1本がどうしても欲しくなり、店長に「僕が絶対買うから誰にも売らないで」と頼み、自分のオートバイを売却しアルバイトで資金を稼ぎ、遂にその銘器を手に入れた。大事に弾き続けていたギブソン335だったが、残念ながら経年とともにネックが捻じれるように反り始め、長い付き合いとはならなかった。

「僕も最初に海外のギターを買ったのは335。憧れなんですよ、当時の335は。高いですよ。僕が当時買ったのは17万6千円だった」(東郷昌和)

「僕が買ったのは36万円か……。当時大学卒の初任給が3万行かないくらいだよ。その時の30数万円ですから……」(加橋かつみ)

*1966年・盛夏。一体何人の少年たちが、あのコンサートで人生を変えられてしまったのだろうか。ザ・ビートルズの来日公演。18歳の加橋かつみも、14歳の東郷昌和も、その客席にいた。

「ビートルズはねぇ……。本当に、僕にとってはカルチャーショックでしたね。それまではバンドもアマチュアで、単なる趣味でやってるって気分だったんだけど、ビートルズを観た途端に頭の中で『あ、もうこれしかないな』って。ビートルズはもう本当に魅力的っていうかセクシーっていうか。あんなもん見たことなかったよね?あの時代にね?」(加橋かつみ)


*1969年、ザ・タイガースから離れた加橋かつみはファーストアルバム「パリ・1969」制作のためプロデューサー・川添象多郎と共にパリにいた。折しもアメリカのロックミュージカル「HAIR」のフランス版が上演準備中、加橋さんは契約していたパリ・バークレーレコードのディレクターの誘いで、川添氏と共にリハーサルの見学に赴いた。

「面白そうだなと思いながら見ていたら、プロデューサーのベルトラント・キャステリがやって来て『君、日本人?』『そうですよ』『東京で(HAIRを)演りたいんだけど、できるかな?』『うん、すぐできるよ』って」(加橋かつみ)

春まだ浅いパリで始まったロックミュージカル「ヘアー」日本上演のプランは、その年の冬、渋谷・東横劇場で本番を迎えたのだった。

(7月17日・第2回へ)



【エピソード】

*番組2曲目は、冒頭でお聴き頂いた「雨上がりと僕」を、「パリ 1969」のリリース翌年にかまやつひろし自身がカバーしたもの。この曲が収録されているアルバム「ムッシュー/かまやつひろしの世界」は、楽器パートはすべてかまやつさんが演奏。常に<先駆者>だったかまやつさんならではの、日本初のセルフ多重録音アルバムだ。

「当時ポール・マッカートニーの『McCartney』やエミット・ローズの『EMITT RHODES』みたいに、ひとりで全部やる人が出てきて。そういう人たちと肩を並べるところがかまやつさんっぽいよね」(東郷昌和)

*1967年8月。デビュー後半年余りのザ・タイガースも出演した渡辺プロ主催の音楽イベント「真夏の夜の夢」。

「僕も観に行ったんですよ。軽井沢に。ギター弾きながらかつみさんがすごく高い声で歌っていて『あー、綺麗な声をした人がいる!』と思った。すごく憶えています」(東郷昌和)

「花の首飾り」が世に出る前年の話。気づく人は気づいていた。






【使用楽曲】

♪雨上がりと僕(加橋かつみ・1969年)

♪雨上がりと僕(かまやつひろし・1970年)

♪ノー・ノー・ボーイ(ザ・スパイダース・1966年)





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